はじめまして!
副業でブログを運営している
美香と申します。
この度はメルマガの登録いただき
本当〜〜〜に!!
ありがとうございます(*^^*)
今年に入ってTwitter(X)で
ブログで実践してきたことについて
発信を始めましたが、
「そもそもお前誰やねん」
という疑問が出てくるかと
思いますので…(笑)
少しだけ自己紹介と、
ブログを始めた経緯や
今取り組んでいることなどを
こちらでお伝えできればと思います。
「副業興味あるー!」
「自分もブログ頑張ってるよ!」
という方から、
「ブログで稼ぐって何??」
という方まで、
いろんな人に見てもらえたら嬉しいです^^
私がブログを始めたのは
2022年10月、32歳の時でした。
新卒入社からずっと
会社員として1つの会社で働いていて、
もともと副業やWEBビジネスには
ぜーんぜん興味はありませんでした。
むしろ自分には関係ない世界だと
思っていたタイプです(笑)
ですが、ライフステージや
環境の変化とともに
このまま今の会社で会社員として
働き続けることへの疑問や
お給料への不安が
ふつふつと湧き上がるように…。
時短勤務の給料で家族を
ちゃんと守れるかな
家族が必要な時に差し出せる
お金はその時ちゃんとあるだろうか
転勤のある夫の働き方との
バランスはどうしよう
子供の前で仕事のことを
考えてしまって申し訳ない
子供が小学生になった時に
誰もいない家に1人で帰らせたくないな
実家の家族とあと何回会えるんだろう
これからもずっと仕事を理由に
大切なことを諦めたり後回しにする?
わざわざ言葉にするまでもない、
みんなそうだよと言われてしまえば
そこまでのモヤモヤ。
そんなモヤモヤを解消したくても
どうしていいかわからず
不安ばかりだった頃、
本業の合間に副業のブログで
5万円稼いでいる方の
発信に出会いました。
「月のお給料+5万円があるから
こんなことに使ってます!」
という発信でしたが
(その方の場合は趣味の旅行)
経済的な不安が強かった私は、
「5万円なら1年で60万。
10年続けたら600万。
本業以外でこれだけ
貯まったらすごい!!」
そんな気持ちで
その方のメルマガを登録。
それが私のwebビジネスへの
第一歩でした。
今でこそ、
webビジネスのスケール感や
何百、何千、中には何億という
規模のお金を稼いでいる方の
存在を知ってしまいましたが、
その時の自分には
「5万円」という金額が
「頑張れば自分にもできるのかも」
と思わせてくれる絶妙な数字に
うつったのだと思います。
多分、いきなり
「100万円稼げます!」
と言われてもスルーしてたはず…(笑)
うまくいくかはわからないけど、
このモヤモヤを少しでも
和らげるためには何かやらなくちゃ。
私のブログはそんな気持ちからの
スタートでした。
私は関西出身ですが、
現在は夫と3才になる娘の3人で
関東で暮らしています。
ちなみに性格は、曲がったことが嫌いで
言いたいことは言わないとすまないタイプ。
(上司と喧嘩しがち笑)
運動音痴で基本インドア派です。
夫からはよく
「ボールの投げ方がダサい」
と言われます。
声があまり通らないので
大きな宴会はちょっと苦手。
だらだらボソボソ喋れる
距離感が好きです(´-`)
学生時代は大阪の大学に進学し、
新卒入社した会社の配属も大阪に。
この頃は、
「このままずっと関西で
暮らし続けるんだろうな〜」
と、当たり前のように思っていました。
一方で、学生時代から
付き合っていた現在の夫が
就職を機に神奈川に。
関東×関西の遠距離がスタートしました。
そして20代後半で結婚を考え始めた頃、
これから自分がどこに住んで、
どこで働くのかを
改めて考えるようになりました。
「今は関西しか知らないけど、
もしかしたら全然知らないところで
暮らすのもおもしろいかも」
少しずつそんな気持ちも芽生えるように。
そうして結婚を機に、
夫のいる関東に行くことを
決めたのでした。
(もう少し深く考えろと
この時の自分に言いたい…)
無事に異動願いも通り、
東京の支社で働くことに。
フレックスで時間の融通も効きやすい。
営業なので数字目標はあるけれど、
自分でコントロールできる
範囲も大きい。
ありがたい環境だな〜。
と、感じでいた矢先のこと。
異動して2ヶ月目の給与明細を開くと、
お給料の数字がこれまでと比べて
極端に下がっていることに気付きます。
この頃はまだ
子供がいなかった時期ですが、
結婚をきっかけに
私は自分の働き方を
見直すようになっていました。
独身時代の働き方は
深夜残業や休日出勤も日常的といった
自分の生活にけっこう
負荷をかけたものでした。
仕事は好きだったのでそれ自体
大きなストレスではなかったのですが、
このままの働き方は良くないなと
思い改めることに。
ほとんど残業せず、
休日出勤もしない働き方に
シフトしました。
そうすると、当たり前ですが
これまでついていた残業代なんかが
ほとんどなくなるわけですよね。
それ自体はもちろん
当たり前の話なんですが、
それまでは残業代に紛れて
基本給があまり高くないということを
特に自覚していなかったんですよね。
うん、まぁ、これは自分の認識が
薄かったからなんですが…(^o^)
働き方を変えたことで
その事実を目のあたりにすることに。
「先々子供ができたりしたら、
こんな感じで大丈夫かな?」
お金に対する不安はここから
どんどん膨らんでいくことになります。
有難いことに子供を授かることができ、
産休育休を取得することになりました。
そして子供が無事に生まれ
数ヶ月経った頃、
待ちに待ったボーナスの時期が
やってきました。
細かい話になるのですが、
会社で販売する商品は
請負契約を結ぶ形態のものであり、
実際に売上が上がるまで
1年以上かかることがほとんどです。
営業は売ったら売った分だけ
翌月の給与に
インセンティブが入ったり、
次の時期のボーナスで
実績が反映されるという
会社も多いと思います。
それに対して私の会社は、
営業賞与は売上が上がった
その次のボーナスに
ようやく反映されるという
ルールになっていました。
そのため、
契約実績がボーナスとして
つくまでにけっこうな時間が
かかることになります。
異動してから休みに入るまでに
合計4億ほど契約実績がありましたが、
すべての売上が上がるのは
育休に入った後のスケジュールでした。
なので、楽しみにしていたんです。
ボーナス。
子供が生まれてより家計について
真剣に考えるようになっていましたし、
何より休みに入って
私の収入はなくなっていたので。
で、速達で届いた賞与明細をですね、
ウキウキと開いたんです。
しかしそこにある個人賞与の欄は空白。
これまでの私の実績は
まっっっったく
反映されていませんでした。
(この時の衝撃は忘れられない…。)
そして復帰後、再び残りの売上が
すべて上がったタイミングでの
ボーナスの時期を迎え、
明細を確認すると
またまた個人賞与はゼロ。
人事に確認すると、
会社の仕組みとして
一定期間就業していない状況が続くと
賞与規定から外れてしまい、
その間の実績はすべて
反映されなくなってしまう、
ということでした。
そんなことあります?????
その後、そういった実情が問題視され
現在の規定は少し
改善されたようですが…。
私が受け取るはずだった賞与が
戻ってくることはありません。
また、多少改善されたとはいえ
もし2人目を授かれたとしても
同じような気持ちを
また味わうことも
なんとなくわかってしまいました。
さらに復帰後は時短勤務のため
給与はさらにダウン。
毎月の手取りは18万程度。
もちろんこの金額だって
もらえるだけありがたいということは
重々承知しています。
ただ、
何千万、何億という規模の商談をして
それなりの大きな責任を
負っているという自負がある中で、
その対価として満足できる数字かというと
「割りに合わない」というのが
正直な気持ちでした。
「今の私にとって、この会社に給与面での期待はできないかもしれない」
そんな諦めのような気持ちが
大きくなったのでした。
関西の実家では
両親+兄+妹の5人(+犬・猫)
という家庭環境で育ちました。
幼少期からこれまで、
自分自身は不自由なく
やりたいことをやらせてもらえる
ありがた〜〜い環境で
育ってきたと思います。
ただ、父が自営業をしており
精神(?)がギャンブラーだったので
恐らく貯金だとか将来に
備えるといった概念がなく、
家計は常に自転車営業的な
感じだったようです。
(生活に使う分以外は
仕事にまわす、といった感じ)
特に不自由なく
暮らしているにもかかわらず、
母は常々「お金がない」
と言っていました。
今思えば、あるお金は全て生活や
子供3人のために充ててくれていたため
子供から見て不自由がないのは
当然だったのかもしれません。
でも、母からすれば将来への不安は
きっと尽きなかったのだと思います。
大人になるにつれ
そのことがわかってくると、
「将来は私が母を守ってあげなくちゃ」
という使命感を持つようになりました。
というのも、
父と母はかなりの年の差婚で、
自然な順番として父が先に
いなくなることは
わかりきっていたんですね。
そうなった時に母が苦労しないように
自分がしっかり稼がなくては。
この気持ちは私の根底に
ずっとあった気がします。
で、もう一つの心配要素が、
実家で暮らす妹の存在。
本人は認めないんですが、
多分何かしらの発達障害があって
現状働くことができていません。
家族で何年もかけて
話しをしていますが
改善の兆しはなく、
実家に頼りきりという現状です。
もちろん本人が
自立するのが1番ですし、
変に甘えさせるのは違うと思います。
だけど、
最終的にどうにもこうにも
いかなくなったら
助けてあげられるような
心づもりはしておきたい。
なので結婚してできた
自分の家庭だけでなく、
実家の家族のためにも
しっかり働いてお金を稼ぐ。
そんな想いを持ちながら
働いてきました。
でもね、現実的に無理なんです。
今のお給料じゃ全然足りない。
それがもう、
はっきりわかってきました。
(あ、実家の家族から何か強要されたりということは一切ありません。
むしろこっちのことは何も気にするなと念を押されます。
あくまで私の気持ちの問題です。)
もちろん実家だけでなく、
自分の家族が生きていく上での
お金も必要です。
子供だって可能であれば
あと1人は欲しいし、
不自由や我慢はさせたくない。
将来子供に親の心配させないためにも
自分たちの老後資金も
ちゃんと残しておかないと。
足りないならなんとかしなきゃ。
でも、これまで普通に会社員で
働いてきただけの私には
具体的にどうしたらいいか
わかりませんでした。
そんな時に出会ったのがブログでした。
いきなり会社を辞めるとか
時短勤務での転職は
ハードルが高いけれど
これなら少しずつできるかもしれない。
特別な資格や資金がなくても
リスクなく始められる。
私にとってブログは
小さな希望に見えたのでした。
毎日会社に行って仕事をする。
ものすごーく当たり前で、
自分にとって特に疑うことも
なかった生活ですが、
子供が生まれたり家庭の状況が
変わってくるとそんな考えも
また少し変わってきます。
本業の職種柄、
基本的に週末は出勤です。
子供が生まれてからは
日曜日は休みにしてもらったものの、
家族みんなで過ごせるのは週1日だけ。
お互い実家が遠方なので
何かあっても基本的には夫と2人で
なんとかしないといけません。
子供が体調を崩すと、
夫とスケジュールを見ながら
お互いの仕事の調整をして
なんとかやりくりする生活。
時短勤務といっても
通勤時間がかかるので
子供のお迎えはいつも最後の方。
保育園のうちはまだよくて、
いずれ小学校に上がったら
この子は親が帰ってくるのを
一人家で待つことになるかもしれない。
学童っていう選択肢はあるけれど
叶うなら「おかえり」って
家で出迎えてあげたい。
全国の親御さんと同じように
心配や不安は尽きません。
そして、関西の実家に気軽に帰れない
現在の距離感に対して
なんとかしたいという気持ちも
年々強くなってきました。
というのも、昨年お世話になった
祖父と叔母が立て続けに
亡くなったのですが、
最後まで在宅で介護を
引き受けてくれていたのは母でした。
そして2人を見送った後、
今現在は父が介護が必要な状態に。
父のケアは同居している兄も
かなり協力してくれており
本当に頼もしく感謝しているんですが、
こういった状況が続き
母のメンタルはかなり
不安定な状態です。
(妹の将来の心配もあいまって)
そんな時でも、離れて暮らす私には
大したことは何もできません。
もちろん帰ろうと思えば
休みの日に帰ることはできます。
でも、たまに帰ってくる人間って、
多分ちょっとずるいんですよ。
帰っただけで、
「帰ってきてくれてありがとう」
と感謝されるんです。
何もしてなくても。
で、ちょっと手伝いをしたら
それだけで特別感も出る。
本当の辛さを分かち合うには
休日の弾丸帰省では
全然時間が足りません。
祖父と叔母の容態が悪かった頃、
帰省のたびに
「これが最後かも」
と毎回覚悟しながらも
大した時間一緒にいられませんでした。
だって仕事があったから。
父だって今は持ち直しているものの、
いつ何があるかわかりません。
でもその時に私は家族のそばに
いられないかもしれない。
大人になればそういうことが自然と増えます。
当たり前のことだけど、
当たり前って受け入れて
諦めるのが正しいのかな。
もし自宅にいながら稼げる仕事なら、
仕事を理由にせずに
いつでも帰ることができるのに。
なんなら住む場所を
関西に戻すこともできるかもしれない。
今の仕事ではできない
もっと身軽な働き方への
憧れはどんどん強くなっていきました。
ブログに強く惹かれたこと。
まず、場所を選ばずに
パソコンさえあれば
いつでもどこでも仕事ができること。
ブログの報酬は上限がないので
やり方次第でどんどん
上を目指せるということ。
もちろん誰でも結果を
出せるというわけじゃないけれど、
特別なスキルや能力、
資金がなくても始められるため
チャンスが平等にあることも
他のビジネスと違う魅力でした。
現在私が所属している
コミュニティを運営している方は、
どん底から這い上がり
自らそのことを体現している人でした。
ブログでうまく稼ぐことができれば
家族の状況に合わせてどこでも
好きな場所で働ける。
家族に何かあっても
「お金のことは心配しないで」って
胸を張って言えるかもしれない。
そしたら心の余裕もできて
もっとおおらかで
優しい人になれるかも。
(↑定期的に鬼ババと化すのでw )
今は何をするにしても
「仕事」がつきまといます。
「仕事だから」と諦めたり、
大事なものを後回しに
しなければならない生活が
大人になれば当たり前だと
思っていました。
でも「仕事」じゃなくて
本当に自分の大切な人や
その人たちとの時間を優先できる
生活が送れたらどれだけ幸せだろう。
月5万を目標にブログを
スタートした私でしたが、
そんな小さな可能性にかけてみたくて
絶対に頑張ろうと決めました。
webビジネスで安定した収入を稼いで
家族との時間を優先できる
働き方を手に入れる。
近い将来生まれ育った関西に帰る。
(夫の仕事もあるのでここは要相談ですが…!)
これが直近の私の目標です!
で、今現在の私のブログ収入ですが、
残念ながらそこまでのレベルには
まだ至っていません(^^;)
でもブログを起点にいろんな
webビジネスを知り、
その可能性への期待は
どんどん膨らんでいます。
現在はブログ以外のことにも
いろんな挑戦しているところです。
だから今はまだ道半ばですが、
webビジネスに出会ってから
なんだかとっても楽しいんですよね。
もちろんどれも簡単なことじゃないので
間違いなく大変なんですけど、
どれもこれも、
「こう生きたい!」
という自分の理想に
近づくための努力なので。
例え亀の一歩でも。
このメルマガも、
実はその中の1つの
チャレンジだったりします。
だから私がメルマガで伝えるのは、
「今すぐ楽してこれだけ稼げます!」
という話とは少し違います。
どちらかというと、
「少し先の自分が楽になるために今めっちゃ頑張る方法」
というのが正しいかもしれません(笑)
だから
「頑張らずに楽して稼ぎたい!」
という方にはあまり向いてないのかも。
もしもそういう内容を期待して
登録者してくださったとしたら
ごめんなさい。
その時はこのメルマガは
そっと解除してくださいね。
私自身、まだまだ
これからではあるものの
がむしゃらにやっているうちに
気づけば最初に自分が目指した
目標の5万円は安定して
毎月稼げるようになっていました。
もちろん上を見たらもっと
とてつもなくすごい人は
たくさんいるんですが(笑)
まずは毎月
1万円〜5万円くらいを目標に
ブログにチャレンジしてみたい
という方に向けて、
私がやってきたことや学んだことを
このメルマガでお伝えできればと
思っています。
今の生活に不安や
モヤモヤを抱えている人。
ブログに挑戦したものの
立ち止まってしまった人。
ブログのことをまわりに
相談できずに孤独を感じている人。
ブログの話ができる仲間が欲しい人。
少しでも自分のやってきたことが
誰かの何かのきっかけになれば
飛び上がるくらい嬉しいです!
リアルな友達にも言わないような
プライベートなことも
だらだら書いてしまいましたが…(笑)
顔が見えないネットの世界だと
なかなか画面の向こうの相手が
どんな人間かがわからないと思うので
思い切って全部書いてみました!
すみません、
ちょっと重いですよね(笑)
普段の発信はもっと軽めに
書いていきますのでご安心を…( ^ω^)
こちらを読んでいただいた上で
「メルマガ読んでみよう」
という方には心を込めて
これからメールさせていただきます!
ぜひ今後ともよろしく
お願いいたします(*^ ^*)
美香
美香
2023年6月〜副業ブログで毎月5万円達成継続中。19円から5桁に突き抜けたネタの狙い方を発信しています。脱サラして生まれた関西で家族を優先できる働き方を実現するのが野望。本業+育児の合間での時間捻出技も紹介。30代時短営業職・夫+娘3y 最高月間PV:161,104PV 最高月収:79,023円
ブログのアクセスが集まりやすい時期
収益ゼロのブログは売却できるのか?
それは例えば歯磨きのように
外注化リベンジを決めたワケ
モチベーションは頑張る理由